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3大根幹馬ゴドルフィンアラビアン(Godolpin Arabian)編:競馬名馬物語

3大根幹馬ゴドルフィンアラビアン(Godolpin Arabian)編:競馬名馬物語


 当ブログ、競馬豆知識コーナーの中の「サラブレッドのご先祖様は3頭しかいないんですって?なぜかトウカイテイオーがんばれ!」で、「サラブレッドのご先祖様は3頭しかいないんだよ。」というお話をさせて頂きました。

 今号は、その3頭のどえらい馬の中の1頭「ゴドルフィンアラビアン」号についてお話をさせていただきます。それでは、少々お付き合い下さい。





 ゴドルフィンアラビアンは、生年は1724年とされています(諸説あります)。1730年にフランス国王ルイ15世への貢物として贈られる9頭のうちの1頭として、チェニスの総督から贈られました。その後、エドワード・コーク(Edward Coke)氏が所有者となり、英国ダービー州ロングフォードの彼の牧場で生活を送ります。

 全く競走馬としての成績が残っていないことを見ると、その生涯は乗馬と種牡馬として生きたのだと思います。コーク氏が、32歳の若さで1733年に死亡すると、友人ロジャー・ウイリアムズ(Roger Williams)氏へ引き継がれ、その後、フランシス・ゴドルフィン(Francis Godolphin)伯爵の所有となります。

 英国ケンブリジッジ州バブラハムのゴドルフィン伯爵の大邸宅で、数々の競走馬を誕生させて、1753年に29歳でこの世を去ります。ゴドルフィン家は大変な有力者で、フランシスの父シドニー・ゴドルフィン(Sidne Godolphin)は英国アン女王の下、大蔵卿(大蔵大臣)を勤めたほどの大物で、邸宅も広大でした。大邸宅は1956年に壊されましたが、厩舎等は今でも残っています。

 ゴドルフィンアラビアンの伝説は、ロマンチックなサクセスストーリに溢れています。数々語られている伝説ですが、実際の出来事であったかどうかは確認できませんでした。ですが、種牡馬として大成功をおさめるまでの謎の多さや、種牡馬としての偉業に対して人々が伝説を形作ったといえるかもしれません。また、確認できなかったからといって全て伝説で片付けるには、あまりにも早急すぎますし、素敵なサクセスストーリーですのでここでご紹介したいと思います。それでは少々お付き合い下さい。





 ゴドルフィンアラビアンは、1724年に中東イエメン(アラビア半島南西端)で生を受けます。名をシャミと名づけられ、当時最高の運動能力を持つとされたアラブ馬の中でも、その雄大な馬格から名馬の誉れ高く、チェニス総督の眼にとまり、フランス国王ルイ15世への貢物として献上されることとなりました。しかし、長旅によってすかっりやつれ果て、またその気性の荒さから、ゴドルフィンアラビアンはルイ15世の眼に止まることなく、やがて忘れられた存在へとなります。

 すっかり落ちぶれてしまったゴドルフィンアラビアンは、フランス・パリで給水車の曳き馬として過ごしていました。そこで、エドワード・コーク氏と出会うこととなります。コーク氏は、ゴドルフィンアラビアンの逞しい馬格をすっかり気に入り、ゴドルフィンアラビアンを購入しました。その後、コーク氏の愛馬となって生活することとなり、英国ダービー州ロングフォードの彼の牧場へ行くこととなりました。

 コーク氏が32歳の若さで亡くなると、また不遇時代が訪れます。友人ロジャー・ウイリアムズ氏に託されたゴドルフィンアラビアンは、その後フランシス・ゴドルフィン伯爵の元へ引き取られました。種牡馬として期待されていなかったゴドルフィンアラビアンは、もっぱら乗馬用や「アテ馬」として生活を送っていました。ですが、名牝ロクサナ(Roxana)との運命の出会いから風向きが変わります。

 ロクサナとの交配は、当初他の馬との代用交配としてゴドルフィンアラビアンの出番が回ってきただけだったはずでした。しかし、2人(馬)の間から生まれた子は、なんと後に当時最高の競走馬として称えられることになる「ラス(Lath)」でした。また、同じロクサナとの交配で生まれた全弟「ケード(Cade)」も大活躍と、一気に1流種牡馬の仲間入りを果たします。ロクサナとの相性が抜群だったのか、運命の出会いはあるものですね。1738年・1745年・1747年度のチャンピオンサイヤーへと、種牡馬としての頂上へ登りつめました。

 この2人の子は種牡馬としても成功し、「ラス」は、名馬エクリプスの母系のお爺ちゃん「レグラス(Regulus)」を、「ケード」は、その後「ゴドルフィンアラビアン」系を現在まで不動のものにすることになる「マッチェム(Matchem)」を誕生させます。

 一気にサクセスストーリーを駆け上がったゴドルフィンアラビアンは、1753年のクリスマスに生涯を終えます。大の仲良しで親友だった猫のグリマルキンは、ゴドルフィンアラビアンの死を悲しみ、後を追うように亡くなったといいます。





 ええ話や(涙)。サクセスストーリーってたまらないですよね。ですが、この物語は、給水車を牽く下りあたりから、フランスの著名な小説家ウージェーヌ・シュー(Eugene Sue)によって1838年に「La Presse(フランスの新聞)」の新聞小説で発表されたとの記述がありました(原文はフランス語で、とても手が出せず未確認です)。

 はたしてこの物語は、小説家のフィクションなのか、また、綿密な取材を元に少々脚色された実話なのかは、今の私では確認のしようがありません。ですが、実際「ゴドルフィンアラビアン」と言う馬がいて、その血脈が今もサラブレッドに受け継がれていると言うことは、紛れも無い事実です。あまり深く考えないで、物語を楽しみませんか?(そうはいきませんか?)

 「ゴドルフィンアラビアン」の直系子孫は、現在、サラブレッドの中の数%と言われています。ですが、この血統も日本に希望の光が残されています。中興の祖「マンノウォー」から続く「ウォーニング」や「マークオブディスティンクション」→「ホッカイルソー」といった所です。

 特に個人的には、現役時代の「ホッカイルソー」には、かなり思い入れがあるので、頑張ってこの希少な血を守る働きを期待したいですね。「ホッカイルソー」君、ご先祖様を見習いなさい。不屈の闘志で数々の壁を破ってきた血があなたにも流れています。がんばれ!「ゴドルフィンアラビアン」系!  いい子よ出て来い!「ホッカイルソー」君の子供達!





※私の誤訳で記載記事が歴史事実と異なる可能性があります。そん時は「ご・ご・ごめんなさい!」

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