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テンポイントvol.4:競馬名馬物語(誕生からライバル「トウショウボーイ」「グリーングラス」との死闘・悲運の死まで、伝説に彩られた日本競馬史上最も美しい「流星の貴公子」)


Vol.4 ライバル達との死闘の果てに

 当時、5歳(現4歳)は競走馬の充実期といわれていました。溢れるスピードを武器に早くから結果を残したトウショウボーイ・遅咲きのグリーングラス・5歳で充実したテンポイント、個性あるTTG3強が最高の状態で相見える事のできる最高の条件が整うのが有馬記念でした。

 また、トウショウボーイは有馬記念をもってして繁殖入り引退が決定していました。他の2強が最強を名乗れる結果を残すには、なんとしても有馬記念で結果を残すしかありません。そんな追い込まれた状況で、夏季休養を過ごし秋競馬を迎えます。

 テンポイントは、春の天皇賞を勝ち上がったため、秋の天皇賞の出走権はありません。当初から、年末の有馬記念にむけてじっくり調整を続けます。

 トウショウボーイ・グリーングラス両頭が、秋の天皇賞で伝説の潰し合いを演じる中、テンポイントは京都大賞典を8馬身差で圧勝・オープンで連勝と、完璧な調整を見せ2強を迎え撃ちます。いや陣営の意識は、トウショウボーイを倒すべく戦闘体制に入りました。

 いよいよその時を迎えます。日本競馬史上、最高の名勝負と言われ伝説とも言える「12月18日・有馬記念」です。もはや、戴冠は2の次。年度代表馬選考など眼中に無い各陣営。最強のライバルを、最高のレースをして叩きのめす。TTG3頭による有馬記念でした。

 スタートが切られました。トウショウボーイが、スタートダッシュを決め早くも先頭に立ちます。テンポイント騎乗の鹿戸騎手は、ここで恐るべき決断をします。テンポイントが、スピード身上の天馬相手にスピード勝負を挑みます。

 それは、まさにスプリント戦でした。意地と意地がぶつかり合い、執拗に絡み合う2頭。ハナから全力を出し切り、全速力で駆け巡る2頭。相手を潰すことしか眼中に無く、レース結果問答無用の2頭。見守るファンも、2頭のあまりの凄まじい闘志に慄く展開となります。

 誰もが、共倒れを危惧する展開でした。もう1頭の主役グリーングラスは、潰れたライバルを嘲笑うために背後から押し寄せます。しかし、そのペースも決して遅くはありません。他馬は、完全に乱ペースに巻き込まれ、全くついていけない状態です。未だかつて、このような無謀なレースがあったのでしょうか!

 しかし、2頭は潰れません。いえ、相手が潰れるまで音を上げるわけにはいかないのです。騎乗するジョッキー・関係者の執念を、両馬共に知っていました。「こいつにだけは負けられない!」っと。

 直線にはいります。2頭共に潰れる気配はまるでありません。満を持して追い上げるはずのグリーングラスは、焦りの表情を浮かべ必死に追いすがりますが届きそうもありません。2年に渡って死闘を演じてきた2頭の雌雄が、今決しようとしています。そうです、この場が彼らの決着の場なのです。

 そして、死闘の末に大歓声と共にゴール板を1番に駆け抜けたのは、貴公子テンポイントでした。その差3/4馬身。絶対に勝てないとまで言われた、史上最強で最高のライバル。しかし、それははるか遠くに思えたライバルを抜き去った瞬間でした。こうして、頂上決戦はテンポイントの勝利で幕を閉じるのでした。

 その年、文句無い満票で年度代表馬に選出されたのはテンポイントでした。それは、日本競馬の頂点に立った瞬間でもありました。ライバル・トウショウボーイは惜しまれながらも引退します。

 もはや、日本に用の無いテンポイントは、欧州遠征へ旅立つ事が決まります。関西代表から日本代表へ。日本競馬を背負っての旅立ちとなります。

 1978年、ファンへの旅立ちの挨拶として、年初の「1月22日・日経新春杯」出走が決まります。出走馬も2戦級で圧勝が予想される中、66.5kという現在では考えられない斤量を背負わされます。しかし、軽走での勝利が予想され全く危惧されませんでした。

 悲劇的な結末が、テンポイントの晴れの舞台に隠されていました。順調に快走するテンポイントに、4コーナー過ぎに衝撃が走ります。貴公子の顔が歪み、その壮絶な競走馬としての命を終わらせる事になります。

 本来ならば、安楽死措置の取られるほどの重症「第三中足骨開放並びに第一趾骨複骨折」と診断されます。しかし「せめて種牡馬として生きていって欲しい」という競馬ファン一心の願いから、関係者は手術へと踏み切ります。「奇跡を・・・」かつて祖母が経験した不屈の魂を信じ、獣医30数人という大医師団が結成され、手術が行なわれました。

 当時最先端の医療技術を総じて注ぎ込まれた結果、手術は成功します。奇跡が起きたと、誰もがテンポイントを祝福しました。しかし、500kもある身体を支え続けていた3本の足が悲鳴を上げます。「蹄葉炎」が極度に悪化し、1978年3月5日・8時40分、43日間の怪我との死闘についに力尽きました。

 3月7日、大勢の人に見守られる中、栗東トレーニングセンターで日本初のサラブレッドの告別式が行なわれます。稀代の美しさから「流星の貴公子」と言われ、TTGとの死闘を通じ、ファンに感動と勇気を与え続けた名馬が、涙と共にこの世から別れを告げました。


 TTG現役最後の1頭グリーングラスは、その後脚部不安と戦いながら懸命に戦い抜き、後年・年度代表馬まで上り詰めることになります。彼が天皇賞を勝ち抜いた後、管理する中野師は周囲にこう言ったといいます。
 
 「このメンバーに負けたら、彼らに失礼に当たる」

 第3の男・緑の刺客と言われたナンバー3の彼の役割。それはライバル達の引退後、その年の最強馬が雌雄を決する天皇賞での、当然のような勝利。残された3強の1頭としての重圧・孤独。

 グリーングラスは、歯を食いしばって懸命に戦い抜き、自身の成績で共に戦ったライバルの評価を伝説のものとして格段の地位まで上げる事になるのです。

 グリーングラス引退レースの有馬記念。脚部不安の為、往年の力は無いといわれた男は、自身の最後の力を振り絞って最終コーナー過ぎに横綱相撲で押し切ろうとします。

 後方から押し寄せる波に飲み込まれそうになりながら、最後のエンジンを必死にふかし続け、もがき続けます。それは、彼のはるか前方を走る伝説のライバル達の残像を追いかけるように・・・。「お前らを倒す!」と叫びながら。

 日本競馬史上、最高で最強の3強は「TTG」を置いて他にはありえないと、私は心の底からそう思うのです。


・テンポイント編:競馬名馬物語(Vol.1 数奇な運命の仔)
・テンポイント編:競馬名馬物語(Vol.2 日本競馬史上、最高に熱い3強「TTG」誕生)
・テンポイント編:競馬名馬物語(Vol.3 最強は誰だ!)
・テンポイント編:競馬名馬物語(Vol.4 ライバル達との死闘の果てに)



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